東北最終日:記録・現地写真

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※いつも長い本文ですみません。
ボランティア日記も最後。
昨晩の出来事から数時間後。
毎朝6:00起床も体が覚えてきた。
ここでの最後の食事。午前中はフロアのお手伝いをして10時には現地を出発。
いつもながら別れを惜しむような事はしない、みんな目的が明確だからだ。
みんなでキャンプに来ているのではない。
あると言えば「また、次の連休に来るね」、「物資送るから必要なもの連絡して」というやりとりがほとんど。これを志というのか使命というのか表現は難しいが本当に彼らの気持ちの大きさは凄い。
GW開けて人数が少なくなってしまった。
ピーク200人も、すでに50人程度に。
しかし、少なくなっても相変わらず淡々と自分の仕事をこなし、仕事を作り、仲間を助け続ける。
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最終日に唯一できたのは、いままでお世話になったフロア係(物資を倉庫から集める係)の人の大変さ。 どこにどの製品があるのかを把握して、在庫や別の倉庫の状況まで把握してリクエストに応えようとする。 洋服もきちんと、たたんで受け取る人が少しでも気持ち良いように。
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足湯チームも、即席の足湯が今や立派な屋根付きになるくらいグレードアップ。利用者を増やす工夫だったり他との連携だったり、ただ作るだけで終わらないのか彼ら、専門職やプロでは無いのにここまで出来るとうのは気持ち一心。
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それから、突然の訪問者。
神戸からプリウス2台、70歳以上の高齢者が4人。物資を届けてくれた。
全国にある東北の食材や、福島のお米など。
これから田んぼの再生に向けて、調査をしに行くそうです。
神戸から車ってのがすごいですね。。。自分まだまだだな..。
さて、今日は帰りながら、地元でお金使って、南三陸役場、女川、石巻を経由して帰ることにした。
南三陸役場付近
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展示されていたSL
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風速10mで舞う粉塵と鯉のぼり
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フル装備
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病院のテラスに船
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大切なアルバム
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石巻線女川駅は何も残ってない。
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10m上の墓地に打ち上がった電車
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女川の家屋
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福島の国見で打っていた土産に自衛隊が。
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本当に現地の人は自衛隊を賞賛している。
色々問題はあるかもしれないけど、消防や救急、役所に人達に「守られている」という意識を高くもたないと行けない。
この記録、経験を多くの人に。
忘れないように、そして次の行動への足がかりになるように。
福島も引き続き大変ですし、東京も他人事ではありません。
余震はまだまだ続き、ありえない事態がいつ起こっても良いように備える必要がある。
みんなでスポーツしたり、飲み会したり、その時のほんの少しでもいいから。
“備え”や”今後”を話し合うきっかけにして欲しいと思います。
簡易的ですがギャラリーアップしました。
http://codp.org/hikaru/public/earthquake/
【MAP】
南三陸役場 http://bit.ly/iWObGK
志津川・歌津 http://bit.ly/iimPXh
石巻市女川町 http://bit.ly/jPJfxu
なるべくキャプション(説明)書いています。
実際にいくと、やはり人物や建物に”侵入”してまでの撮影は控えました。撮りたい気持ちもあるけど、配慮だったり安全面を考慮して。
ボランティアで配属になったデリバリーチームは本当に良かった。
毎夜ディスカッションして、ジレンマや、自分の目的と向き合って、特に中期以上参加している人とは、もっともっと話をしたかったけど、それは自己満なので仕方ない。
短い間でしたが、おかげで得るものも、考え方も刺激をもらったのでいろんなものに活かしていきたいと思います。
そしてこらからボランティアに参加するひと、したい人。
どうしていいかわからない人のための参考として。
例として、自分がいたRQは、さまざまな仕事があります。
・現場班
 泥出し、ガレキ撤去、漁具回収など
 現場に近い場所で、別拠点をおいて活動
・デリバリー
 物資供給)
・フロア
 物資管理
 倉庫整理
・キッチン
 ボランティアメンバーの食事
・総務
 参加ボランティアメンバーの管理、金銭管理
・ケアチーム
 避難所の人との交流
 心のケア
・送迎
 入浴施設などへ、お年寄りなどの送迎
このように他種にわたるので、特殊な知識や技能。装備が無くても
活動できるので、”想い”さえあれば体力など無くても大丈夫。
アウトドア経験がなくても大丈夫、まわりに多いし。
むしろ、いろんな生活が学べるチャンス。
だからどんどん参加して欲しい。
もちろん、普段とは同じ生活ができるわけではないということは覚悟してください。冷たい床で寝起きしたり、質素な食事、風呂も毎日ではない。
あくまで自分がいったところなので、団体によっては
暖かい布団で、ちゃんとご飯があるかもしれないので、よく調べてみてください。
興味があるなら、適した団体を探すのをお手伝いします。
もし個人でやるとしても、いろんな団体と連絡をとって
情報交換してからやって欲しいです。
まずは団体ボランティアからはじめてみてはいかがでしょうか。
人手が足りませんので、是非お願いします。
RQ市民災害救援センター
http://www.rq-center.net/
ご質問などは、メール、メッセージ、コメント、何でも良いのでいつでもどうぞ。
現地に行ったり、ボランティアするときの簡単な手引きは追ってまた、書きたいと思います。
<パノラマ写真>
・南三陸役場付近(建物として残っているのは病院くらい)
http://codp.org/hikaru/public/earthquake/panorama/m_001.jpg
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http://codp.org/hikaru/public/earthquake/panorama/m_003.jpg
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・女川町(ビルが崩壊せず、そのまま倒れている)
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・歌津地区(家屋が多いとすべてガレキになる+鉄道が分断)
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http://codp.org/hikaru/public/earthquake/panorama/u_002.jpg
謎の被害がほとんど無かった田ノ浦の美しい海。
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長い日記を読んでいただきありがとうございました。
RQの人達とは連絡先とか交換しなかったけど、また会える気がするし、会えるかどうかは自分で決められる事。
この”縁”は、本当に大切にしたい。
ありがとう。
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