東北6日目:役に立つということ

2011/05/05

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ゴールデンウィークで200人近くになったメンバー。
それぞれいろんな思いで集まった。
いままで物資輸送が仕事だったけど、デリバリーチームで出来ることの一つ。
軽作業のお手伝い。今日は、天井掃除。 場所は歌津地区の石浜
先日、お伺いしたお宅でとても綺麗な状態で家が残っている。中も外もとても綺麗だが、泥はすでに撤去し、掃除もやっと進んだから、ここまで綺麗になったと。でも、パネルにはヒビも多く、今この自宅に住み続けるか、仮設に移るか選択を迫られていて気持ち的にもつらい状況の上に、まだ水道も電気も無い。
専門的でなく安全な作業ならお手伝いできると伝えたら
 住み続けるのでも、退去でも”綺麗にしたい”という。
この部屋を掃除した後に、退去したら”意味は無く無駄”な作業になる。
でも我々の役は、無駄かどうかではなく。”少しでも助けになる”かどうか
男手の無い、家で困っていた天井掃除。たった2人しかお邪魔できませんでしたが、水没した1階の天井を5時間ほど。
途中、やっと片付いたキッチンで、奥さんとおばあちゃんとお昼ご飯。
物資で他から支給されたカップ麺とバナナ、コーヒーゼリー。
持参していたオニギリといただきました。
それから貴重だったのは、WFP 国連世界食糧計画の救援物資。
もちろん非売品。
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このクッキーがおいしい、それに珍しくて関心していると。
現地の人には、変な様子に見えてるらしく。
「そんなん、被災してすぐはもっとあったに」と。
食事中にも現状を聞いてみたり、僕の東京での話。
ボランティアの活動の話。この家族の話。
(ここはお爺さんが港にいて流されてしまった。)
とにかく話が止まらない、そして笑いも。
TVもついてない、薄暗いキッチンには。
笑い声と無音が交互にやってくる。
相手しかいないこの空間の過ごし方を自分はうまく過ごせない。
しかし、こちらの人にとっては当たり前になったのか、普通に過ごしている。
たまたま同席したメンバーが、地元出身だったので、方言を交えて和ませてくれる。
少しずつ距離を詰められた気がする。
それに、ご飯を一緒に食べるってのは本当に近づける。
楽しく食べていると、1人だけパンを食べている
口数少ない、おばあちゃんが一言。
 「やっぱりみんなで食べるとおいしい、何パンかわからんけど」
みんな微笑みで和む。
でもその言葉に、こみ上げる感情を抑えるのがやっとだった。
別に悲しいとか、かわいそうとか、そういうんじゃなく。
そんな当たり前のことが、いま必要だったということに気づかされた自分のアンテナの狭さと、気の張った使命感の緊張が、スッとほどけたようだった。
こんなに丁寧にやった掃除はあっただろうか。
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僕らの雑巾が冷たく無いように、焚き火でお湯を沸かしてくれてたおばあちゃんの、その優しさこそ、僕らが本来必要なもので。
それに気づかされた、大きな一日になりました。
その晩は、とても綺麗な星空でした。
いままでいろんな空を見たけど、本当のプラネタリウム。
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おばあちゃん、僕ら役に立てたかな。
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